その156 「天岩戸の神話」後日談

 前回の「天岩戸の神話」には後日談があります。
 天照大神が岩戸に籠もってしまったことに怒った八百万の神々はスサノオを追放してしまいます。
 追放されたスサノオは、その後、出雲国に降りますが、そこで大いに反省し、改心し、一転して英雄的な性格を帯びるようになります。
 そしてスサノオは、出雲国の地を荒らしていた巨大な怪物である八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治しました。そのときヤマタノオロチの尾っぽから「神剣」が見つかります。
 この剣をスサノヲは「改心の証」として天照大神に奉りました。
 これが「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」であります。
 この天叢雲剣は「八咫鏡(やたのかがみ)」「八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)」とともに皇位の標識として歴代の天皇が受け継いできた「三種の神器」の一つとなります。

その156 「天岩戸の神話」後日談

(三種の神器/画像は想像図であり、実物は非公開。Wikipediaより)

 われわれ剣道人は三種の神器の一つに「剣」があることを拠り所として、神聖な心持ちで日頃の修錬に努めたいものです。それとともに、スサノヲの一生は私たち生身の人間の一生と重なり合っている気がします。
 人間は、はじめから賢く正しいわけではありません。若い頃にはいろんな間違いや悪事を犯してしまうものですが、それをどう反省して改心し、どのように「自己育成」していくか。そのことをスサノオの生き方から学ぶことができます。
 その象徴が、天叢雲剣であり、その剣の精神が今の剣道につながっていると思います。

 伝承によれば、第12代景行天皇の皇子である日本武尊(やまとたけるのみこと)は駿河国において敵の放った野火に囲まれ窮地に陥ったとき、この天叢雲剣を使って草を薙ぎ、窮地を脱しました、そのときに名前を「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」に変更したとのことです。
 現在は、愛知県名古屋市の熱田神宮の御神体となっていますが、源平合戦の壇ノ浦の戦いで海に没したとされており、現存するのはその形代であるとされています。
しかし、神剣・草薙剣を見た人は死んでしまう、という言い伝えがあり、今まで誰も見たことがないということで謎に包まれたままです。
つづく

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